こんにちは。新社会人の皆さんは仕事には慣れてきたでしょうか?
研修医の方はオリエンテーションが終わり、病棟に出た頃かと思います。初期研修が始まったばかりの頃は、私は病棟で右往左往するばかりで、いてもいなくても同じ・・・どころかカルテ記載の不適切さや処方の間違いでむしろいない方がマシ、という状態でした。
日々の回診で患者さんと話す内容に困っている。カルテを書かないといけないけど何を書けばいいか分からない。そんな方に向け、回診で確認するべきことと、カルテ記載の方法を解説しようと思います。例文を多めに、実際の回診・カルテ記載に則して説明していくので、是非お付き合いください。
回診の重要性
医者の仕事のもっとも重要なことは患者さんの話を聞くことです。
患者さんの病気の状態はどうか、薬の効果は出ているか、副作用はないか、こういった医療行為に関わる情報は患者さんに会いに行くことでしか得ることは出来ません。
まずは毎日朝と夕に患者さんに会いに行きましょう。多くの病院で朝夕に回診していると思うので、回診に参加し、積極的に患者さんと話をしましょう。
何を聞いていいか分からない人も多いと思います。そこで参考になるのがOSCEで練習した内容です。基本的にはオープンクエスチョン→クローズドクエスチョンの順に問診を行いましょう。
オープンクエスチョン
「体調はいかかですか?」
「何か変わったことはありませんか?」
これらの問いかけがオープンクエスチョンです。患者さんの回答の自由度が高く、”相談したいことがあったのに言えなかった”という状況を避けることが出来ます。
最初は「何もありません。」「大丈夫です。」などの反応のことが多いですが、医者患者間の信頼関係が出来てくるうちに様々な”悩み”を話してくれるようになります。その”悩み”は診療科のことばかりではありません。例えば腰痛、不眠、同室者への不満、食事の量など様々です。しかしその多様な”悩み”を聞き、解決法を探すことこそ研修医の大事な仕事の一つであり、あなたの医者としての問題解決能力を高める源です。これらの小さな悩みを解決していくことで、他科紹介の仕方や、看護師さんや管理栄養士さんなどのコメディカルとの連携が身についていきます。
患者さんのマイナートラブルを迅速、正確に解決できることは頼りにされる医師への第一歩です。偉い先生より、若手の先生の方が患者さんも話しやすいこともあります。日々の回診は必ずあなたの糧になります。
クローズドクエスチョン
オープンクエスチョンの後はクローズドクエスチョンで、的を絞った問診をしましょう。
「お熱がありますが、咳は出ませんか?」
「手術をした場所の痛みは強くなっていませんか?」
問い掛けが定型文であったオープンクエスチョンに対して、クローズドクエスチョンは内容を自分で考えないといけません。適切なクローズドクエスチョンをするためには患者さんの情報を集めて回診に臨む必要があります。回診前の準備として、温度版(経過表)で体温や血圧などのバイタルの確認と、直近数日の治療行為(新規開始薬の有無や、手術など)を確認する必要があります。
発熱がある患者さんでは、なぜ熱が出ているのかを検査する必要があります。手術後の患者さんでは手術部の疼痛や出血の有無を確認する必要があります。これらの情報収集を行うのがクローズドクエスチョンです。
患者さんに会いに行っても何を聞いていいか分からない、という人はこの事前情報の収集が不十分なことが多いです。回診の前に、この人にはこれを聞こう!と決めておきましょう。
分からないことを聞かれたら
回診をしていると答えられない質問をされることがあります。ここで気を付けて欲しいのは絶対に”知ったかぶり”をしてはならないということです。不正確な情報を与えることは後のトラブルの原因となることがあります。患者さんだけでなく、誰に対しても知ったかぶりで乗り越えることはその人との信頼関係を損ない、成長の機会を失うことになる悪癖です。「聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥」という言葉があるように、分からないことは分からないと正直にいいましょう。
もし患者さんに分からないことを聞かれたら以下のように回答しましょう。
「確認して後ほどお伝えします。」
「チームで方針を決めているので相談して後ほどご報告します。」
その場の思い付きで答えるよりずっと誠実な対応ではないでしょうか。指導医クラスの医者でも答えらない質問はあります。分からないことは正直に答え、調べた後に正確な情報を伝えるようにしましょう。
患者さんが心を開いてくれない時
最初のうちは会いに行っても、患者さんがそっけない態度のことが多いと思います。しかしこれは考えてみれば当然のことです。なぜなら”病気”で”不安”な状態で入院しているのに、入院後に話すのは慣れた外来主治医ではなく初対面の”あなた”だからです。初対面の人に自分の重要な情報を話す人は少ないでしょう。
だから、患者さんがそっけなくても気に病むことはありません。それは新人に対してだからではなく、経験豊富な他の医者に対しても同じです。毎日話を続けていくうちに様々なことを話してくれるようになります。これは「この医者は話を聞いてくれる」と患者さんが感じ、「自分のことを打ち明けても良い」と考えてくれている証拠です。患者さんとの信頼関係の構築は医療を行う上で非常に重要です。めげずに繰り返し患者さんの話を聞きに行ってください。
問診をしっかりすることで、この後のカルテ記載でも内容に困らないようになります。研修医のうちは沢山の患者さんに話しかけなくてもいいと思います。担当となった少人数の情報をしっかり把握して、適切なクローズドクエスチョンが出来るよう準備して回診に臨みましょう。
カルテ記載
ここまでの情報を元に、頑張って回診をすると、自然とカルテに記載する内容が見えてきませんか?せっかく集めた情報を十分に活かすためにカルテに記載し、他の先生と情報共有しましょう。忙しくて回診が出来なかった人も、あなたのカルテを見ることで患者さんの状態を把握することが出来ます。特に回診で得た情報は、患者さんの元に行かないと得られない超重要情報です。
カルテ記載は①主観的情報 (Subjective)②客観的情報(Objective)③評価(Assessment)④計画(Plan)の4項目に分けて記載するのが一般的です。この4項目の頭文字を取り、SOAP記載と呼ばれています。
各項目にどんな情報を書くといいのか確認していきましょう。
S:主観的情報
例文
「手術の傷の痛みはありますが、昨日より良いです。」
「熱っぽい感じがします。痰も出ます。」
S:主観的情報の項目には患者さんの話したことを記載しましょう。口語調で構いません。このSの項目が毎回同じであったり、他の先生のコピペである場合には「自分で会いに行ってないな」と判断されてしまいます。また、何度も回診に行くうちに世間話をしてくれる患者さんがいますが、医学的に必要のない情報は記載する必要がありませんので、注意しましょう。
ここで重要なのは患者さんの主観なので、客観的には間違った情報でも良いということです。例えば認知症の患者さんのSに「タクシーがドアの外で待っているから今から乗って帰る。」と記載することもあるわけです。このように”客観的には間違った情報”を記載する場合には会話形式でカルテを記載することがあります。文章だけではやや分かりにくいので再度例文を示します。
例文
体調はいかがですか?/なんともない。
傷の痛みはどうですか?/タクシーが迎えに来ているから乗って帰る。
タクシーを頼んでいたんですか?/そう。
このように明らかに内容が間違っているSでも問題ありません。むしろ内容が支離滅裂なことや、質問と回答が対応していないというのも重要な情報になります。
O:客観的情報
例文
意識清明, 血圧 124/71mmHg, 脈拍 87/分, 体温 37.1℃, 呼吸数 18回/分, SpO2 98%(室内気)
尿量:1200ml、左横隔膜下ドレーン廃液:40ml、性状は淡々血性
食事摂取 絶食中。最終排便 本日、下痢なし。
腹部は平坦、軟。右側腹部ドレーン抜去部の浸出液なし。創部の発赤なし。
血液検査:WBC 7000/μL, RBC 480万/μL, Hb 12.4g/dL, Plt 32万/μL, T-Bil 0.5 mg/dL, AST 17 U/L, ALT 23 U/L, γGTP 33 U/L, Cre 0.72mg/dL, eGFR 82ml/min/1.73m2, CRP 3.1 mg/dL
O:客観的情報に記載する内容には①電子カルテから集める情報と、②患者さんの問診・診察から得られる情報の両方があります。①カルテから集める情報は主にバイタル(血圧、脈拍、体温など)、食事量、尿量、排便状況、検査所見(血液検査や尿、レントゲンやCTなどの画像所見)です。②問診・診察から得られる情報は自覚症状(咳、痰、疼痛の程度など)、身体診察の所見です。これらの所見を上段から意識レベル、バイタル→食事量、尿量、排便状況→身体所見→検査所見、の順に記載します。
Oに①電子カルテから集める情報の記載しかない場合は、回診後のカルテとしてはいまいちです。仮にバイタルの変化や疼痛などがなく、状態が落ち着いている場合は「全身状態良好」「身体所見に特記事項なし。」などと記載するようにしましょう。陰性所見も重要な所見です。
A:評価
例文①
胃癌に対して3月17日胃全摘術施行 術後3日目
疼痛コントロール良好、創部の感染徴候なく、術後経過良好。
術後2日目に右側腹部ドレーンを抜去。左横隔膜下ドレーン廃液の増加はない。
例文②
降圧薬開始により血圧は160/100mmHgから140/80mmHgまで低下。
立ち眩みやめまいなどの降圧に伴う症状はない。
A:評価を記載するのは研修医にとって最も難しい部分だと思います。私もAを記載するのが苦手でした。チームで方針を決めているので、自分の考えを記載するのが不適切なように感じてしまい、他の先生や前回カルテのコピーを貼り付けていました。皆さんには適切なAを記載するコツをお伝えしようと思います。
最初のうちは他の先生のコピペでも構いません。ただし、①内容を良く読み、修正すべき内容は修正すること②少しでも良いので自分だけのAを追記すること、この2点を頑張ってみてください。①は特に重要で、治療方針が変更されたのに古い治療方針がそのまま残っている場合は、内容を読まずにコピーしていると分かり評価がとても低いです。何より他の医者や看護師さんの患者情報把握を混乱させてしまうので絶対にしてはいけません。例文1でいうと、手術はとっくに終わっているのに、「明日手術予定」と記載してある、などです。
②自分だけのAを書くには、”変化”に注意してください。治療薬の開始後や検査の後などは特に注意です。例文2では降圧薬の開始により血圧がどのように変化したのかを評価しています。治療開始後は治療効果を自分なりに評価しましょう。治療方針を研修医が自分で記載することは難しくても、治療による変化は記載しやすいはずです。
さて、ここまで記載したら最後はP:計画です。研修医の皆さんに頑張って欲しいのはこのSOA(特にSとO)までです。P:計画は治療方針になるので、研修医が自分だけで記載するのは難しい項目です。指導医が研修医に期待するのはSOAまでがしっかり書けていることだと思います。
P:計画
例文①
本日右横隔膜下ドレーン抜去。明日から食事開始。
例文②
降圧薬は追加せず経過観察とする。
血圧測定は3時間毎から4検に減らす。
前述の通り、研修医のうちは治療方針を決定できる立場ではないので、自分なりのP:計画を記載するのは難しいと思います。その場合はSOAまでの情報を元に指導医と相談して方針を記載するか、あるいは「カンファレンスにて治療方針を相談」などど記載するのが良いでしょう。
もしPを記載するとなったら、他の医療従事者がすぐ分かるよう短文で簡潔に記載しましょう。Pに至った理由はA:評価の欄に記載すべき内容です。結論だけに絞って記載することを心掛けると自然と文章は短くなります。
#病名の記載方法
ここまでで基本となるSOAPの記載は十分です。よく病棟で見るカルテ記載で病名をカルテに記載しているものを見たことがあるでしょう。
例文
# 胃癌 T3N0M0 stageⅡA, 3/17胃全摘術
# 心房細動 (DOAC内服中)
このようなものです。病名の記載があると、患者さんの把握がしやすく、ローテーションで定期的に科が変わる研修医にとってはとても助かると思います。
とはいえ、合併疾患の少ない患者さんはともかく、合併疾患の多い患者さんは病名欄が長くなりがちで、かえって主病名が分かりにくくなることがあります。病院ごとにやり方は異なると思いますが、日々のカルテに記載するものは特に重要であったり、現在介入中のものだけに絞り、詳細な記録は入院時サマリやウィークリーサマリにまとめるのがお勧めです。
病名はSOAPのどこに記載するかは施設や人によって様々です。電子カルテによってはSOAPの他に病名を入力するための「病名」欄や、「F:フリー記載」欄があることもあります。私はA:評価の欄に記載することが多いです。
SOAPカルテ例文提示
それではこれまで記載したSOAPをまとめてカルテを完成させましょう。
S:手術の傷の痛みはありますが、昨日より良いです。
O:意識清明, 血圧 124/71mmHg, 脈拍 87/分, 体温 37.1℃, 呼吸数 18回/分, SpO2 98%(室内気)
尿量:1200ml、左横隔膜下ドレーン廃液:40ml、性状は淡々血性
食事摂取 絶食中。最終排便 本日、下痢なし。
腹部は平坦、軟。右側腹部ドレーン抜去部の浸出液なし。創部の発赤なし。
血液検査:WBC 7000/μL, RBC 480万/μL, Hb 12.4g/dL, Plt 32万/μL, T-Bil 0.5 mg/dL, AST 17 U/L, ALT 23 U/L, γGTP 33 U/L, Cre 0.72mg/dL, eGFR 82ml/min/1.73m2, CRP 3.1 mg/dL
A:# 胃癌 T3N0M0 stageⅡA, 3/17胃全摘術, 術後3日目
# 心房細動 (DOAC内服中)
疼痛コントロール良好、創部の感染徴候なく、術後経過良好。
術後2日目に右側腹部ドレーンを抜去。左横隔膜下ドレーン廃液の増加はない。
P:本日右横隔膜下ドレーン抜去。明日から食事開始。
どうでしょうか?なかなか充実した内容になったのではないでしょうか?
まとめ:回診とカルテ記載はペア
適切なカルテ記載をするためには回診が必須です。指導医の回診についていくだけでなく、患者さんに話しかけてみましょう。患者さんと会話をすることが、患者さんとの信頼関係を築く基礎となり、良いカルテ記載の元となります。
研修医がカルテ記載でまずすべきことはSとOをしっかり記載することです。指導医の先生はカルテのSとOを気にしているはずです。なぜならSとOを見れば、研修医が患者さんとどのように接しているかが一目瞭然だからです。適切なSとOが記載されていれば、指導医の先生と治療方針を相談しやすくなり、自然とAとPも充実していきます。
研修医講習第一回はここまでになります。長々と読んでいただきありがとうございました。
病棟に出たての頃は誰でも無力感にさいなまれます。今日の記事が研修医の皆さんの無力感を少しでも軽減し、医者としての自信につながれば幸いです。
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